こんにちは、リョウです。
ノマドというと、多くの人はまず「好きな場所で働くライフスタイル」をイメージすると思います。
海外を旅しながら仕事をする。
カフェでパソコンを開く。
日本と海外を行き来する。
住む場所に縛られず、自分のペースで働く。
たしかに、これはノマドの大きな魅力です。
でも最近、僕はあらためて思うようになりました。
ノマドの自由は、場所だけでは完成しない。
どれだけ物理的に自由な場所にいても、内面が不自由なままだと、心はどこか窮屈なままです。
不安に追われる。
人の評価に縛られる。
過去の失敗を何度も思い出す。
「もっと頑張らないと」と自分を追い込み続ける。
本当は疲れているのに、休むことに罪悪感を持つ。
こうなると、たとえ海外のきれいなカフェで仕事をしていても、心はあまり自由ではありません。
だからこそ、僕が今大事だと感じているのは、外側の自由だけでなく、内面の自由も育てることです。
ノマドとは、外側の自由を取り戻す生き方
まず、ノマドの魅力はやはり「外側の自由」にあります。
会社や場所に縛られず、働く場所を選べる。
住む国や街を選べる。
自分に合う生活リズムを作れる。
人間関係の距離感も、自分で調整しやすくなる。
これは、かなり大きな自由です。
僕自身も、海外ノマドとして生活する中で、場所を変えることで気分が変わったり、新しい人との出会いから視野が広がったりする経験を何度もしてきました。
同じ仕事でも、環境が変わるだけで新しいアイデアが出ることもあります。
いつもの場所から少し離れるだけで、考え方が軽くなることもあります。
だから、場所を選べる自由は本当に大きいです。
ただし、ここで一つ気づいたことがあります。
場所を変えても、自分の内面のクセまでは自動で変わらない。
どこに行っても、不安を抱えやすい人は不安を抱える。
どこに行っても、人の目を気にする人は気にする。
どこに行っても、頑張りすぎる人は頑張りすぎる。
つまり、外側の環境を変えることは大切だけど、それだけで完全に自由になれるわけではないんです。
内面が不自由だと、どこにいても苦しくなる
ノマドになると、自由度は上がります。
でも同時に、自由だからこそ、自分の内面と向き合う時間も増えます。
会社のように決まった時間に出社するわけではない。
誰かが毎日管理してくれるわけでもない。
自分で仕事を作り、自分で生活を整え、自分で判断していく必要があります。
そのときに、自分の内面が整っていないと、自由が逆に不安になることがあります。
「このままで大丈夫かな」
「もっと稼がないと」
「他の人はもっと成果を出している」
「自分は遅れているんじゃないか」
「休んでいる場合じゃない」
こうした思考が、頭の中で勝手に流れ続けることがあります。
でも、よく見ると、その奥には感情があります。
不安。
焦り。
寂しさ。
劣等感。
怒り。
恥ずかしさ。
怖さ。
こうした感情が出てきたとき、人は無意識にそれを見ないようにすることがあります。
「大丈夫」
「気にするな」
「我慢しろ」
「もっと頑張れ」
「こんなことで落ち込むな」
こうやって、感情を感じる前に、思考でフタをしてしまうんです。
一見、前向きに見えるかもしれません。
でも、感情は見ないようにしても消えません。
むしろ、内側に残り続けます。
そして、その状態が長く続くと、少しずつ視野が狭くなっていきます。
周りが見えなくなる。
自分を責める。
人と話す気力がなくなる。
好きだったことも楽しめなくなる。
何をしても心が重くなる。
僕自身、高校時代にそんな感覚を経験したことがあります。
長くネガティブな感情に飲まれていたのに、自分ではそれに気づけていなかった。
気づかないまま、どんどん周りが見えなくなっていった。
だから今は、心の状態を見ておくことの大切さを強く感じています。
感情は敵ではなく、内面からのサイン
僕は、感情そのものは悪いものではないと思っています。
怒りが出る。
不安が出る。
寂しさが出る。
焦りが出る。
劣等感が出る。
恥ずかしさが出る。
これらはすべて、内側で起きている自然な反応です。
大事なのは、それをすぐに否定しないこと。
ただし、ここでいう「否定しない」とは、無理にポジティブになることではありません。
むしろ、感情のあとに出てくる“否定の思考”にも気づくことです。
たとえば、不安が出たときに、
「不安になるなんて弱い」
「こんなことで落ち込む自分はダメだ」
「もっとちゃんとしないと」
という思考が出てくることがあります。
この思考も、実は無意識に出てきているものです。
つまり、
感情が出る。
その感情を感じきる前に、思考が評価する。
「これはダメな感情だ」と判断する。
結果として、元の感情が見えにくくなる。
こういう流れが起きているんだと思います。
でも、内面をよく観察していると、
「あ、今不安があるな」
「あ、不安を否定する思考も出てきたな」
「あ、焦りを消そうとしているな」
というふうに、少し距離を取って見られるようになります。
これができると、感情に飲み込まれにくくなります。
感情を消すのではなく、感情に気づく。
思考を止めるのではなく、思考に支配されすぎない。
そのうえで、今どう行動するかを選ぶ。
これが、内面の自由に近い感覚だと思います。
思考は主人ではなく、人生を動かす道具
瞑想をしていると、「無」に近い感覚になることがあります。
もちろん、完全に何も考えないという意味ではありません。
思考がゼロになるというより、思考に自動的に支配されない状態に近いです。
本来、思考はとても大切なものです。
仕事を設計する。
文章を書く。
人に伝える。
投資を分析する。
予定を立てる。
問題を解決する。
こういうとき、思考はものすごく役に立ちます。
ただ、思考が自動運転になってしまうと、少しやっかいです。
「あの人にどう思われたかな」
「このままで大丈夫かな」
「自分はまだ足りない」
「もっと頑張らないと」
「失敗したらどうしよう」
こうした思考が勝手に流れ続けると、思考は道具ではなく、心を縛るものになります。
だからこそ、瞑想や内面の観察は大切です。
感情は、内側からのサイン。
思考は、それをどう扱うか決める道具。
でも、無意識の思考が暴走すると、感情を覆い隠し、現実の見え方まで歪めてしまう。
瞑想は、その思考の自動運転から一度降りる練習なのだと思います。
普通の気力低下とうつ状態の違い
ここで、メンタルの話にも少し触れておきたいと思います。
誰にでも、やる気が出ない日はあります。
人と話したくない日もあります。
何もしたくない日もあります。
これは自然なことです。
そういうときは、無理に上げようとしなくていいと思っています。
寝る。
ゆっくり歩く。
軽く食べる。
ぼーっとする。
人と少し距離を取る。
そうやって休んでいるうちに、自然とエネルギーが戻ってくることがあります。
「ちょっと動こうかな」
「誰かと話したいな」
「また仕事を進めたいな」
そう思えるようになるなら、それは自然な回復です。
一方で、注意したいのは、その回復力がなかなか戻ってこない状態です。
休んでも戻らない。
好きだったことが楽しくない。
人と話す気力が何週間も戻らない。
自分を責める思考がずっと続く。
視野が狭くなり、「全部ダメ」に見えてくる。
こういう状態が長く続くなら、一人で抱え込まないほうがいいです。
うつ病は誰にでも起こる可能性があります。
だからこそ、「自分は大丈夫」と思い込むよりも、日頃から自分の状態を見ておくことが大事だと思っています。
僕が意識しているメンタルの土台
今、僕が日常の中で意識していることがあります。
それは、特別なことではありません。
筋トレ。
瞑想。
良い食事。
睡眠。
家事。
楽しく仕事すること。
家族と良い関係を持つこと。
たまに人と会うこと。
これらを習慣として大切にしています。
筋トレは週6回ほど。
1日1万歩くらい歩く。
家事や料理も毎日する。
仕事も、できるだけ楽しく続ける。
人との交流も、無理に広げるというより、仲良くなった人とよく会話して、そこから自然に人脈を広げていく。
こうしたことは、すべて自分を整える土台になっています。
ただし、これらを「やらなきゃ」と義務にしすぎると、逆に苦しくなります。
大切なのは、自分を管理するためではなく、自分を回復させるためにやることです。
筋トレできない日があってもいい。
人と話したくない日があってもいい。
仕事があまり進まない日があってもいい。
そういう日には、「今はエネルギーが落ちているんだな」と見て、ちゃんと休ませる。
これも大切なセルフケアだと思います。
外側のノマドと、内側のノマド
ノマドという言葉には、移動する人という意味があります。
外側のノマドは、国や街を移動します。
でも、僕が最近大切だと感じているのは、内側にもノマドであることです。
感情が出たときに、その感情そのものにならない。
思考が出たときに、その思考に支配されすぎない。
過去の自分のクセに気づき、少しずつ距離を取る。
必要なときは休み、必要なときは動く。
一人になりたいときは一人になり、人とつながりたいときはつながる。
つまり、心の中にも移動できる余白を持つこと。
これが、内側のノマドだと思います。
外側のノマドは、場所を選べる自由。
内側のノマドは、思考や感情との距離感を選べる自由。
この2つがそろうと、かなり生きやすくなります。
本当の自由は、選べること
自由とは、常に元気でいることではありません。
いつもポジティブでいることでもありません。
毎日完璧に自己管理できることでもありません。
どこにいても成果を出し続けることでもありません。
本当の自由は、もっと柔らかいものだと思います。
動きたいときに動ける。
休みたいときに休める。
人と話したいときに話せる。
一人になりたいときに一人になれる。
感情が出たときに、それを消さずに感じられる。
思考が必要なときに、道具として使える。
つまり、自分の状態に気づき、そのときの自分に合った選択ができること。
これが、僕にとっての自由です。
ノマドとは、人生の主導権を取り戻すこと
ノマドは、単に「海外でパソコン一台で働くこと」ではありません。
もちろん、それも一つの形です。
でも、それだけでは少し浅い気がしています。
本当の意味でのノマドは、自分の人生の主導権を、外側にも内側にも取り戻していくことだと思います。
どこで働くか。
誰と関わるか。
何を大切にするか。
どんな生活をつくるか。
どんな感情を感じているか。
どんな思考に縛られているか。
そして、今の自分は何を選びたいのか。
こうしたことを、自分で感じて、自分で選んでいく。
その積み重ねが、ノマド的な生き方なのだと思います。
外側の自由だけではなく、内側の自由も育てる。
場所に縛られないだけでなく、思考や感情にも縛られすぎない。
自分の内面を感じ、言葉にし、行動に変えていく。
それができると、ノマド生活はただの働き方ではなく、自分らしく生きるための実践になっていきます。
まとめ
ノマドというと、どうしても「どこで働くか」に注目されがちです。
でも、本当に大切なのは、どんな状態で生きるかです。
場所が自由でも、心が不自由なら苦しくなる。
逆に、内面の自由が育ってくると、どこにいても自分らしくいられる時間が増えていく。
そのために大切なのは、特別な才能ではありません。
自分の感情に気づくこと。
思考に飲まれすぎないこと。
体を整えること。
よく眠ること。
ちゃんと食べること。
人とつながること。
楽しく仕事をすること。
疲れたときは、ちゃんと休むこと。
こうした小さな習慣が、自分を守ってくれます。
ノマドとは、場所を自由にする生き方。
そして同時に、内面も自由にしていく生き方。
僕はこれからも、外側の自由と内側の自由、両方を育てながら、自分らしいノマド生活を続けていきたいと思います。
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