こんにちは、リョウです。
先日、一時帰国中に、大学時代の同級生たちと10年以上ぶりに会いました。

京都・河原町の居酒屋で5人。
3時間の飲み放題で、かなり飲んで、食べて、1人5,000円ほど。
でも、金額以上に印象に残ったのは、10年以上という時間を飛び越えて、一瞬で大学時代の空気に戻れたことでした。
久しぶりなのに、不思議なくらい話しやすい。
むしろ、昔より話しやすくなっていた気さえします。
今回は、その再会を通して感じたことを書いてみたいと思います。
みんな変わった。でも、根本は変わっていなかった
10年以上も会っていなければ、当然、それぞれの人生は大きく変わっています。
仕事も違う。
家族もいる。
経験してきたことも違う。
40歳にもなると、一人ひとりの人生に、はっきりと「その人らしい色」がついているように感じました。
大学生の頃は、まだみんな20歳前後。
これから何者になるのかもわからないし、人生経験もそれほど多くありません。
でも20年近く経つと、仕事、結婚、子育て、失敗、成功、挫折、挑戦など、それぞれの人生が積み重なっています。
だからこそ、話していて面白い。
一方で、笑い方や考え方、ちょっとしたノリなど、根っこの部分は昔とほとんど変わっていませんでした。
「ああ、やっぱりこいつはこいつだな」
そんな感覚です。
人生には色がついた。でも根本は変わっていない。
それが、とても心地よかったです。
40歳だからこそ、昔より話しやすくなった
今回もう一つ感じたのは、みんな昔より落ち着いていたことです。
大学生の頃は、まだ自分自身のこともよくわかっていません。
将来への不安もあるし、人と比べたり、変に自分を大きく見せたりすることもあります。
でも40歳になると、それぞれ自分なりに人生を歩いてきています。
だから、
「自分はこういう人生だった」
「今はこんな仕事をしている」
「子どもがいて、こんな生活をしている」
そんな話を、以前より自然にできる。
相手の人生についても、素直に興味を持って聞ける。
人生は複雑になったのに、人間関係はむしろシンプルになった。
そんな感覚がありました。
大学時代に始めた英語が、20年以上経って今の仕事になった
今回の再会で、個人的にかなり感慨深かったことがあります。
僕が英語を本格的に勉強すると言い始めたのは、大学時代でした。
今回会った友人たちは、まさにその頃の僕を知っています。
当時の僕が、
「英語をやる」
と言い始めたところから見ている人たちです。
そこから海外に出て、海外で働き、英語を使って仕事をして、最終的には自分で英語コーチング事業を立ち上げました。
今運営しているRYO英会話ジムは、ある意味では、大学時代に始めた英語学習の20年以上先にある結果です。
だから今回、今やっている仕事について話したときには、自分でも少し不思議な感覚がありました。
途中から知り合った人に、
「英語コーチングをやっています」
と説明するのとは違います。
彼らは、そのスタート地点を知っているからです。
一つのスキルから、人生がどんどん広がっていった
振り返ると、英語を学び始めたところから、僕の人生はかなり広がっていきました。
英語を勉強する。
海外に出る。
海外で働く。
英語を仕事にする。
英語コーチング事業を立ち上げる。
場所に縛られない働き方をつくる。
海外を移動しながらノマド生活をする。
そして今は、英語だけでなく、ノマドコーチングや資産運用にも取り組んでいます。
今回、友人たちにも名刺を渡して、そうした今の活動を伝えました。
そこで改めて思ったのが、僕がやってきたことの根っこには、
「自由になるためのスキルを身につける」
という考え方があったということです。
大学の「自由自治」と、今の生き方がつながった
そして面白いことに、僕が通っていた大学には「自由自治」という思想がありました。
当時、そこまで深く意識していたわけではありません。
でも40歳になって振り返ると、今の自分の生き方と妙につながっています。
僕にとって自由とは、単に好き勝手に生きることではありません。
自分で考え、自分で選び、その選択の責任も自分で持つこと。
そして、その選択肢を増やすためにスキルを身につけることです。
英語もそうでした。
オンラインで仕事をつくることもそうです。
ノマドという働き方もそうです。
投資も同じです。
すべて、人生の選択肢を増やすための手段だと思っています。
20歳頃にいた大学が掲げていた「自由自治」という言葉が、20年以上経って、自分なりの形で人生に表れている。
それに気づいたのも、今回の再会のおもしろいところでした。
「独身に見える」と言われた
今回、友人たちから、
「独身に見える」
とも言われました。
実際には、僕にも妻と子どもがいます。
友人たちにも、それぞれ妻子があります。
それでも僕が独身っぽく見えたのは、おそらくノマド生活の影響が大きいのだと思います。
僕は海外を拠点にしながら、一定期間、別の国や地域で生活することがあります。
今回も日本に1か月以上、一人で滞在しています。
一般的な家庭像から考えると、少し変わって見えるかもしれません。
ただ、僕の場合はずっと一人で世界を転々としているわけではありません。
一定期間だけ移動し、家族ともその生活スタイルを理解し合っています。
自由は、一人だけではつくれない
ここで改めて感じるのは、自由は一人だけでつくれるものではないということです。
自分で場所に縛られない仕事をつくったことも、もちろん大きい。
でも、それだけではありません。
妻の理解があり、家庭が回る環境があるからこそ、一人で日本に長く滞在することもできます。
フィリピンでは、メイドさんを雇う文化も比較的一般的です。
日本と比べると家事や育児を外部化しやすく、良い人に出会えれば、家庭の負担をかなり減らすことができます。
もちろん、相性や信頼の問題もあるので、誰でも簡単にうまくいくわけではありません。
それでも、こうした文化や環境に助けられている部分は大きいです。
だから最近は、
「自分は自由に生きている」
というより、
「自由に動ける環境を、周りの人にも支えてもらっている」
と感じるようになりました。
そこには自然と感謝が生まれます。
ノマド生活と、10年以上ぶりの再会は少し似ていた
今回、もう一つ面白い発見がありました。
ノマド生活をしていると、新しい街に行って、新しい人と話す機会が増えます。
初対面の人と話したり、全く違う価値観に触れたりすることも珍しくありません。
そうした生活を続けていると、知らない人に話しかけたり、久しぶりの人に連絡したりする心理的なハードルが下がるように感じます。
今回、10年以上会っていなかった大学の友人たちに声をかけられたのも、もしかするとノマド生活の影響があるのかもしれません。
以前だったら、
「10年以上会ってないし、今さら連絡してどうなんだろう」
と考えていた可能性があります。
でも今回は、
「久しぶりに会おう」
と、かなり軽い感覚で声をかけることができました。
そして実際に会ってみると、その感覚がノマド先で人と出会う新鮮さに少し似ていました。
ただし、大きな違いがあります。
初めて会うような新鮮さがあるのに、すでに20年前の共通体験がある。
これは、なかなか面白い感覚です。
相手の「今」はほとんど知らない。
でも、昔のその人は知っている。
だから、
「その後どうなった?」
という話だけで、一人ひとりの20年分の人生が出てきます。
会わなかった10年以上も、必要な時間だったのかもしれない
振り返ってみると、最後に彼らと会ってから今回までの間、僕自身にもかなり多くのことがありました。
事業を立ち上げ、軌道に乗せる。
結婚する。
子どもが生まれる。
コロナを経験する。
親の闘病をサポートする。
そして、親との別れも経験する。
仕事だけでなく、人生そのものが大きく動いた時期でした。
だから、友人たちと会わなかった10年以上は、単に疎遠になっていた時間ではなかったのだと思います。
それぞれが、それぞれの人生を生きるための時間だった。
僕自身も、ここ最近になってようやくいろいろなことが少し落ち着いてきました。
そこで自然に、
「また大学の友達に会いたいな」
と思えるようになった。
昔に戻りたかったわけではありません。
むしろ、今の人生がある程度落ち着いたからこそ、昔の大切なつながりにもう一度手を伸ばせたのだと思います。
一時帰国する楽しみが、一つ増えた
今回の再会を通して、一番うれしかったのは、
「次に日本へ帰ったときも、また大学の友達に会いたい」
と思えたことでした。
海外を拠点にしていると、一時帰国は家族に会ったり、用事を済ませたりする時間になりがちです。
でも今回、
「日本に帰ったら、あいつらに会える」
という楽しみが一つ増えました。
そう思えるのは、やっぱり一緒にいて居心地がよかったからだと思います。
昔の自分を知っている。
でも、今の自分についても自然に話せる。
お互い違う人生を歩いている。
でも、根っこの部分ではつながっている。
これは、大人になってから改めて気づく、人間関係の豊かさなのかもしれません。
40歳になると、「昔から持っていたもの」の価値が見えてくる
若い頃は、新しい場所、新しい人、新しい仕事、新しい経験に意識が向きがちです。
僕自身、長い間ずっと海外や仕事、事業、ノマド生活など、新しいものを追いかけてきました。
それはそれで、とても大切な時間でした。
でも40歳になった今、
新しいものを手に入れるだけではなく、昔から持っていたものの価値をもう一度見つける時期に入ったのかもしれない
と感じています。
昔の友人。
家族。
これまで積み重ねてきたスキル。
自分がずっと大切にしてきた価値観。
そういうものを、今の自分でもう一度見直していく。
今回の再会も、その一つでした。
まとめ:昔の友人に会うことも、一つの旅かもしれない
ノマド生活をしていると、旅とは新しい場所へ行くことだと思いがちです。
でも今回、少し考えが変わりました。
昔の人に、今の自分でもう一度会いに行くことも、一つの旅なのかもしれません。
10年以上会っていなければ、相手も変わっています。
自分も変わっています。
だから、知っている人なのに新しい。
それでも、話しているうちに昔の空気に戻れる。
そこには、
新鮮さと安心感が同時にある。
今回、「今さら」大学の友人に連絡したのではなく、たぶん今だったから連絡できたのだと思います。
20年以上の人生をそれぞれ歩いて、少し落ち着いた今だからこそ、語れることがある。
そして会ってみたら、みんなの人生にはそれぞれ違う色がついていた。
でも、根本は変わっていなかった。
それが、とてもよかった。
これからも海外で新しい人や価値観に出会いながら、ときどき日本へ帰って、昔からの友人たちにも会う。
前へ進むことと、昔のつながりを大切にすることは、別に矛盾しない。
むしろ両方あるからこそ、人生はより豊かになるのかもしれません。
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