はじめに:GACKTのこの言葉に止まった
最近、集客が読めない。
SEOで安定していた時代は終わった。
SNSも伸びない。
「あと何年、これに時間をかけられるんだろう?」
そんなことを考えていたとき、
GACKTのショート動画でこの言葉を聞いた。
「ことにしたえてない。だから感動も生まれない。」
なぜか、逃げられなかった。
僕の英語は「趣味」から始まった
正直に言うと、英語コーチングは最初からビジネスだったわけじゃない。
- 家がホームステイをしていた
- 外国人と話すのが単純に楽しかった
- 海外に行きたかった
- 異文化が好きだった
大学では日本語をアメリカ人に教えるプログラムに参加し、
その後はセブ留学、ワーホリ、オーストラリア勤務、フィリピン勤務。
全部、根底は「楽しい」だった。
だから続いた。
これは間違いない。
でも、流暢になるまでは“趣味”じゃなかった
ただひとつ、趣味を超えた瞬間がある。
英語を流暢に話せるようになるまで、やり切ったこと。
これは楽しいだけじゃなかった。
- 話せなくて悔しかった
- 通じなくて焦った
- 何度も劣等感を感じた
- 逃げたくなった
歌で言うなら、
カラオケレベルからプロに近づけるような感覚。
地味な反復。
修正。
恥。
これはもう「好き」ではなく、覚悟だった。
事業はさらに別次元だった
英語が好きなのと、
英語で事業をやるのは、全然違う。
- 集客が止まる
- 売上が落ちる
- 市場が変わる
- SEOが崩れる
- SNSが伸びない
正直、何度も「もうやめたい」と思った。
英語が嫌いになったわけではない。
経営がきつかった。
本当の不安は「情熱」じゃない
よく考えたら、自分が怖いのはこれだった。
- 50歳になったとき
- 事業が回らなくなったとき
- 再就職が難しくなったとき
- 貯金が十分じゃなかったとき
情熱の問題じゃない。
再現性が崩れていることが怖い。
SEOで定量集客できていた時代は、未来が読めた。
今は読めない。
ここが一番の不安だった。
それでもやめない理由
もし英語がただの仕事なら、
とっくにやめている。
でも、
- 海外で話すのは今でも楽しい
- 異文化交流は今でもワクワクする
- 学習で困っている人を見ると、手を差し伸べたくなる
これはもう趣味じゃない。
アイデンティティに近い。
GACKTの言葉の本質
「したえてない」というのは、
本気で体に染み込ませていない状態。
僕は少なくとも、
- 英語をやり切った
- 海外で働いた
- 事業にした
- やめたいと思いながら続けた
これは“したえている”と言っていいのかもしれない。
今の気づき
好きはエンジン。
覚悟はシャーシ。
どちらかだけでは走れない。
今は、
好き × 覚悟 × 不安
この3つの中でバランスを取っている。
ウェブ運営で今考えていること
検索市場は変わった。
正解コンテンツはAIに代替される。
だからこれからは、
- ノウハウ中心ではなく
- 経験中心で
- 失敗と葛藤を前面に出す
海外でのリアル。
経営の迷い。
集客の崩壊。
それでも続ける理由。
それを出していく。
最後に
もし5年後、
- 収入は今より少し落ちても
- 海外と英語に関わり続けていて
- 仕組みは小さくても回っていて
- 最低限の資産は守れていたら
それは「勝ち」なのかもしれない。
今はまだ、幕引きではない。
でも、
闇雲な勝負もしない。
設計し直して、もう一度やる。
GACKTの一言が、
自分の覚悟を再確認させてくれた。
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